水戸地方裁判所 昭和24年(行)83号 判決
原告 田尻広雄
被告 茨城県農地委員会
一、主 文
被告が茨城県多賀郡日高村田尻字大田尻二千二十六番田五畝二十五歩及び同字二千五十二番田一反一畝十二歩に関し昭和二十四年六月三十日原告の訴願に対してなした裁決中右二千五十二番田一反一畝十二歩に関する部分はこれを取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求原因として訴外日高村農地委員会は茨城県多賀郡日高村田尻字大田尻二千二十六番田五畝二十五歩及び同字二千五十二番田一反一畝十二歩について昭和二十四年五月十四日訴外志田義美の申請に基づき自作農創設特別措置法第六条の二、第三条第一項第一号により買収計画を樹立したので原告はこれに対し異議を申し立てたところ、却下された。そこで原告はさらに被告に対し訴願を提起したところ、被告は同年六月三十日二千二十六番田五畝二十五歩についてはこれを容認したが二千五十二番田一反一畝十二歩については棄却した。
然しながら、右二筆の田は原告の所有で従来志田義美に賃貸し小作させてあつたところ、原告は昭和二十年八月日立市に於て戦災を蒙り失業したので右農地を自作しようと考え、その旨志田に話した結果、当時両名合意の上右賃貸借契約を解除した。尤も同年秋志田は原告に無断で右農地に大麦を播付けて了つたので、原告は情誼上折角播付けたものを掘り返すわけにもゆかず結局これが引渡を昭和二十一年五月末まで即ち右大麦刈取終了まで猶予したことがあるけれども、このことは右の合意解除に何等の影響を及ぼすものではない。従つて昭和二十年十一月二十三日現在右農地は小作地ではなく原告の自作地である。それにも拘らず前記訴外農地委員会が右農地を不在地主の小作地として遡及買収計画を樹立したのは違法であり被告のなした裁決中これを維持して原告の訴願を棄却した部分もまた違法として取消さるべきものであると陳述し、予備的請求原因として、仮に昭和二十年十一月二十三日当時原告が右の田を現実に耕作していなかつたゝめ自作地に該当しないものとしても、(一)前記の通り原告と志田との間に一且合意解除が成立しているにも拘らず志田は原告に無断で前記農地に大麦を播付け因て原告が自作する時期を遅らせた外その耕作面積は田五反九畝十三歩(前記農地を除く)、畑六反二畝十二歩で原告の夫より遙かに大であるにも拘らず遡及買収申請をなしたのであつて、該申請は自作農創設特別措置法第六条の二第二項第二号に所謂小作人の請求が信義に反する場合に該当する。(二)又原告は家族九人を抱え乍らその耕作面積は田畑併せて三反八畝に過ぎないので生活必要上現在関東配電株式会社の日傭人夫として働いている。一方志田は家族八人で漁業を主たる生業とし、これによつて金一万五千円の月収があり而もその耕作面積は前記の通りで若し遡及買収がなされると原告の生活状態は志田の夫に較べて著しく悪くなること明白であり自作農創設特別措置法第六条の二第二項第四号に該当すると述べた。(立証省略)
被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として原告の主張事実中訴外日高村農地委員会が志田義美の請求により昭和二十四年五月十四日原告主張の二筆の農地につき不在地主たる原告の所有する小作地であるとの理由で遡及買収計画を樹立したこと、原告がこれに対し異議を申し立て却下されたので、更に被告に対し訴願を提起したところ同年六月三十日原告主張のような裁決があつたこと、右の農地は原告の所有で従来志田が賃借して来たこと、志田が昭和二十年秋右農地に大麦を播付け翌年五月末迄耕作していたことはこれを認めるが、昭和二十年八月当時における原告の家庭状況は不知、その余は凡て否認する。昭和二十年十一月二十三日以前に原告の主張する賃貸借契約が合意解除された事実はない。尤も原告は昭和二十一年六月以降二箇年に亘り右農地を自作したことがあるけれども右指定期日においては本件田は小作地であつた。そして原告は不在地主であるから、日高村農地委員会が自作農創設特別措置法第六条の二により指定期日当時において同法第三条第一項に該当する土地であるとして、買収計画を樹てたのは正当である。更に原告は関東配電株式会社の内線工事請負業並びに漁業の傍らその所有農地四反五畝の内四反の耕作に従事して稼働人員は三人であるのに対し志田の耕作面積は六反八畝であり内売渡しによりその所有となつた農地は三反二畝であり稼働人員は四人である。従て本件買収は自作農創設特別措置法第六条の二第二項第四号に該当しないし同第二号に該当するような事実もないと述べた。(立証省略)
三、理 由
原告はその主張の二筆の農地を所有しかねてより訴外志田義美がこれを賃借して小作していたこと、訴外日高村農地委員会が昭和二十年五月十四日志田の申請に基づき前記農地につき昭和二十年十一月二十三日当時不在地主たる原告の所有する小作地であるとの理由の下に遡及買収計画を樹立し原告はこれに対し異議を申し立てたが却下されたので更に被告に対し訴願を提起したこと、右訴願が昭和二十四年六月三十日二千二十六番田五畝二十五歩については容認されたが二千五十二番田一反一畝十二歩即ち本件農地については棄却されたことは当事者間に争がない。
そこで先ず本訴訟の争点の中心である前記賃貸借契約の合意解除があつたかどうかについて検討してみるに、証人志田義美の証言並びに原告本人の供述の各一部を綜合すると原告は昭和二十年八月日立市に於て戦災に遭い今迄勤めて来た株式会社日立製作所を辞めその所有農地を自作しようと考え昭和二十年八月頃から志田に対し本件農地の返還方を申し入れて交渉を重ねた結果、志田が本件農地につき稲の刈取を終えて大麦播付けの準備にとりかゝつた頃迄に本件賃貸借契約は双方合意の上解除された事実を認めることができる。而して右日高村を含め当地方に於ける大麦の播付けは通常遅くも十一月中旬には完了するものであることは、当地方に顕著なところであるが、この点より考えれば右の合意解除は昭和二十年の秋に入つてから遅くとも同年十一月二十二日迄にはなされたものと認めるのが相当である。尤も当事者間に争のない志田が昭和二十一年五月末頃迄引続き本件農地を耕作していた事実が存するけれども証人志田義美の証言並びに原告本人陳述(以上孰れも前記及び後記措信しない部分を除く)と証人大森妙之介の証言を考え合わせると同地方には農地の返還時期としては田は春の彼岸とする慣習が存し原告も右の慣習に倣つて前記農地の返還だけを特に昭和二十一年五月末迄猶予することゝし、従つて昭和二十一年度の小作料は全然その支払を受けなかつた事情が肯認できる。右の認定に抵触する証人志田の証言と原告本人の供述は孰れも措信しない。従て右の耕作継続の事実は毫も前記認定と矛盾するものではない。
してみれば本件農地は昭和二十年十一月二十三日現在に於て小作地として遡及買収の対象たり得べき農地に該当しなかつたものとみるべきである。従て前記訴外農地委員会が本件農地について樹立、公告した本件遡及買収計画は前認定に反して原告の所有する「小作地」と認定した違法があり、被告の本件裁決中右買収計画を支持して原告の訴願を棄却した本件農地に関する部分にも同様の違法があり、これを取り消すべきである。よつて原告の本訴請求は爾余の主張に関する判断を俟つまでもなく正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決した次第である。
(裁判官 多田貞治 綿引末男 石崎政男)